2011年03月08日

前原外相辞任news川柳



角界は八百長政界は違法献金で足が付き  二健
角界と政界悪銭身につかず
物知りの西田議員にしてやられ
大臣の認識不足付け込まれ
回答も辞任も潔い大臣
親米派親朝鮮派反小沢派か
時期首相の夢は破れて国会あり
おばちゃんにもらったこずかい裏目に出
おばちゃんは知らなかったの許してね
おばちゃんが帰化していればよかったのに
民族のほこりが帰化をさせないか
帰化してもほこりはほこり変わりません
こればっかりは煙にまけない焼き肉屋
小銭でも公民権停止やむを得ず
親切がアダになったよ外国人
焼き肉を御馳走になる方がマシ
願望は参政権の獲得か
菅首相身体検査怠った
菅首相任命責任取りません
眠た顔しどろもどろの菅首相
幹事長事務的ミスと言い放ち
幹事長少額だからと擁護する
取引のイオンの額と比べるか
額でなく法の精神重い罪
厳格や政治資金規正法
違法とは知らずに切った身銭かな
posted by 二健 at 05:11| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 川柳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

東京ポエトリー・フェスティバル2008(TPF2008)へ

「東京ポエトリー・フェスティバル2008」(TPF2008)
2008.10.31〜11.2 御茶ノ水 明治大学リバティーホール

▽Tokyo Poetry Festival 2008 http://www.geocities.jp/tokyopoetry/
▽TPF2008プログラム http://www.geocities.jp/tokyopoetry/programJ.html

長めの感想文を読む
posted by 二健 at 02:22| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

『俳句空間―豈』47号

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〔特集・青年の主張/安井浩司の13冊の句集〕
 発行:2008.11.10豈の会/発売:邑書林/
B5判26cm 158p \1,050(税込)
 ▽セブンアンドワイ- みんなの書店- 天狗本店

 http://myshop.7andy.jp/myshop/tengu



代わり映えのしない俳壇と、一線を画した安井浩司の存在にスポットを当てた特集。
ターゲットは13冊の句集なのだが、縦横無尽に論じられていて読み応えがあるはず。
そして「青年の主張」なる少々古いフレーズの特集。内容が斬新かは読後のご判断。
新鋭招待作家として選ばれた五人の俳句作品の、何と保守的で元気のないことか。
俳句空間時代の気鋭の息吹や衝撃が感じられない。卑しくも安井浩司の特別作品・
書下ろし50句に次ぐ巻頭の位置を占めながら。よりにもよって五人とも旧仮名で、
それを使えば伝統を敬い継承しているとかいうものではない。
無難に多数派の愛用する形式や表記に則っているという体たらく。
俳句表現の表層に甘んじているに他ならない。
俳壇の古老や似非伝統派に将来を期待すべくもないが、
保守革新中道…何でもござれの、とりあえず自由を確保している「豈」たる
俳誌媒体が取り上げた新鋭の、既に枯渇している様は嘆かわしい限りだ。
今後のこの「新鋭招待作家」の頁は、誌面上後ろに続く豈同人作品を
凌駕するインパクトのある作品が連なることを期待する。
現時点では、巻末で小さな活字で1頁に押し込めることで事足りるし十分だ。
申し訳程度な略歴が添えられているが、そっけない。無記が一人いる。余白が悲しい。
具体的な作品鑑賞は豈を購入して読書されたし。反面教師として役立てて頂きたい。

「追悼・長岡裕一郎『さようならのむこうに』早瀬恵子」の頁は感慨深く読んだ。
他はまだ読みきれていない。
わが同人作品は、「苦獄」と題した回文俳句21句と下段の「今風俳句数え歌」。(138p)
35-4628

ラベル: 俳句空間 俳句
posted by 二健 at 23:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

『俳句空間―豈』46号

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〔特集・俳句と身体感覚/私の俳句入門(あるいは非入門)〕
 発行:2008.4.30豈の会/発売:邑書林/B5判 166p \1,050(税込)

豈同人の私は「俳句と身体感覚」というテーマに則って、
「ある俳句朗読会の実録 もののふの会『独演!俳句ライブ』の軌跡」と題して、
4頁分書かせて頂いた。(56〜59p)
内容は「俳ラ」初回の1998年3月より14回目の2007年10月までの経緯と所見。
HP「俳句天狗」上に記したものを、紙媒体用に簡潔に書き改めた。
俳ラ史をまとめたものは誌面では初めての発表となる。
わが同人作品は、「貝か」と題した回文俳句20句と小文「天狗の主張」。(139p)
34-3875
ラベル:俳ラ
posted by 二健 at 20:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

煉獄サアカス「マドリーと黒猫騎士団」初鑑賞

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煉獄サアカスLIVEの「マドリーと黒猫騎士団」、
それはそれは大変結構なエンタメ集団の熱演でした。
人を呼んで見せる作品として見事に仕上が っていました。
25人もの芸人(舞台表現者)を取りまとめて、
あのようにドラマチックに演出されていることに驚きでした。
女性ボーカル、管楽器、弦楽器、打楽器、キーボード等の
音楽セクションの多彩なサウンドは絶妙で、
合奏、伴奏、ソロ、アンサンブル、即興、効果音…、それぞれ秀逸でした。
楽団を背後に控え、狭い足場ながらも黒魔術の妖星のように
エキゾチックに舞うベリーダンサーたちの陰影の重なりは、
しなやかでファンタスティックでした。
物語を押し進める役者たちのコミカルで滑舌のいい演技、
そして、マイクなしで満場に響き渡る声、その肉声を生かす
インストルメンタルのPAバランスのよろしさなど、敬服しました。
神山てんがい団長は、多岐に渡る役割を演じつつ、
全体に溶け込みながらの指揮進行をこなしていることに目を見張りました。
韻律豊かな口上風ナレーションに、よりいっそう幻の彼方へ導かれました。
演劇と音楽と踊りとパフォーマンスのみにあらず、
「煉獄サアカス」たるサアカス団の本領もしっかりと描かれていました。
サウンドやビジュアルは勿論、台詞での空中ブランコ、具象の一輪車、
生身の曲芸師らが目の前に登場します。
誰しもが脳裏に住まわす危ういノスタルジーに誘い、
悪夢の中の花園に遊ばせてくれます。
花粉を唐辛子に化かす激辛占いのオペラおばちゃん、
お喋りお姉ちゃん、掴みどころがない器用なお兄さん、
乱舞する黒揚羽、てんがい氏の魔法のランプ、魔法の絨毯、
暗躍する黒猫たち。焼酎に酔う口の減らない女。
思わず笑ってしまう待機の楽師、もらい笑いする観客。…。…。
本物の笑いの連鎖。
緊張がほぐれ血の巡りがよくなったと思いきや、
体育座りの脚が痺れたのは私だけだったようで…。
二部の中盤は、立ち見席に移動して見納めました。拍手喝采!

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posted by 二健 at 23:17| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

チャップリンの「殺人狂時代」鑑賞

初入店のカツカレーのランチ後、時間の余裕があったので今更ながら、
チャツプリンの「殺人狂時代」を観ました。
職場近くの「新宿K's cinema」で。
平日の昼間とあって、観客は数人でした。
入館して上映20分前には誰もおらず、ど真ん中の特等席に座れました。
昔の昭和館とは違って、椅子は大きくて座り心地がよく清潔でした。

映画が始まってみると、モノクロとレトロな音楽は予想どうりでしたが、
なんと、無声じゃなく、チャップリンが饒舌に喋って、
れっきとした俳優やってるんですね。
(わが予備知識はこの程度です^^;)
スクリーン中の室内で、マダム達が些細なことで口論して
ドタバタしている横で、叔父様が鼾かいて寝ていたり…、
人間の浅はかな深刻さと、その滑稽さのサンドイッチを
どんどん振舞ってくれるチャップリン映画に終始翻弄され、
わが心の襞が震えました。

細かく言えばたくさんありますが、私が映画を見る一つの視点は、
人間以外の生き物の描き方です。次に人間に限れば、大人以外、
さらに常識人で裕福な人、力のある人以外の描き方に注目します。
ここのところは、多くは観ていませんがチャップリンは素晴らしいです。
ちなみに日本の黒沢映画では左卜全にぞっこんです。

元に戻って、ほんのちょっとした場面ですが、
花園を歩いていたチャツプリン(役名失念)は、
路地に毛虫が這っているのを発見しました。さて、どうしたでしょう。
普通の人は、またぐか遠回りして避けて通ると思います。
害虫だし見てくれが気味悪いので、踏み潰す強者もいるでしょう。
チャップリンは「こんな所にいたら踏まれてしまうよ」とか言って、
手づかみで植え込みの中へ戻してやりました。
もうこの数秒のささいなシーンだけで、意図がつかめました。
この強面の映画タイトルのアイロニカルな逆説に頷けました。
猫も少しだけ登場してきます。扱いは同様で心温まるものでした。
虫や動物に愛着をもつチャツプリンは、江戸の小林一茶みたいです。
人間にとっての罪と罰の概念への深い洞察と、
その芸術表現の理念はドストエフスキーとよく似ていると思います。
「殺人狂時代」と「罪と罰」には通底するものがあると思います。
後の映画「タクシードライバー」も然りです。
取り立てて立派ではない偏屈な主人公は、
個人的正義感に駆られて反社会的行動を取っていく物語ですね。

チャツプリンは、この風刺映画を作ることによって、
1940年代のアメリカ社会から排除されていきます。
本家のアメリカで「殺人狂時代」が正当に評価されたのは、
ベトナム戦争の愚かさを知った頃からだそうです。
囚われの身となって、
「一人を殺せば罪人だが、大量殺戮すれば英雄だ」(という意味あい)
とかのたまうチャップリンの言説には、
人間の傲慢な正義観や常識に対する諧謔が漲ってます。

私が言うまでもないことですが、
道化となって観客を笑わせ続けて、まともなメッセージを伝え続けた
チャップリンは偉大です。
終幕は、潔く処刑場に向かう遠景でENDとなります。
役上のチャツプリンは、恩赦も断り死刑を受け入れるのです。
このシーンは、逃げ去らずに反権力を身を持って示した
ソクラテスの服毒自殺を彷彿します。
毛虫や子猫を救うシーンは釈迦似です。
法隆寺の厨子に描かれた、
餓えた虎の母子に身を捧げる釈迦の図を思い出します。
そんなことを連想しつつ、感慨深く「殺人狂時代」を鑑賞しました。

チャップリンこそ真の俳人です。
(俳句を作る人が必ずしも俳人ではありません)

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※上映館「新宿K's cinema」2008.4.26〜5.30
没後30年特別企画「チャツプリン映画祭」にて      32-3610
posted by 二健 at 00:28| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月17日

工藤 桂 サムライ Live vol.2 「詩は、唄われる」

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当日は朝から雨がしとしと降っていましたが、午後には上がったので安心しました。
私への予約の数は淋しかったので、冷え込みを覚悟してましたが、
開演直前には席が埋まって救われました。ゆったりとした満席です。

29年前の当店開店当初のジャズライブで使っていたPA用パワーミキサーは、
当の昔にお陀仏になっていたので、今回のライブを契機に機材を新調しました。
300Wも出せるパワーミキサーの優れものです。
とは言っても、縦長の旧式PAスピーカーは健在なので使い回しです。
そこで一句「千波吉凶使い回しの拡声器」(なんちゃってね)
最新型アンプに年代物のスピーカー、この混ざり具合の調和がサムライ文化なのです。
舞台左右の後方に立てて設置したので、ハウリングが心配でしたが大丈夫でした。
入力の穴は12チャンネルもあるので、三重奏団でも不足はありませんでした。
唄はもちろん演奏も音響もたいへん良かったと思います。
手前味噌や理屈はともかく、お客様がどう感じられたかが肝要ですが…。
当店の形は左右のコンクリート打放しの壁が並行ではないので耳障りな反射音が無く、
内装と観客込みで音の拡散と吸音のバランスが良好です。
しかも天井が造作されてなく、吹き抜け空間なのも功を奏しています。
何といっても招き猫群の不規則なでこぼこが大いに役立っています。

さて、肝心なライブですが、来て見て聴いて下さるのがベストです。
タイトルの通り工藤桂氏のご祖父で詩人の高森文夫作品を弾き語り、
瞽女唄や民謡まで唄いこなし、月並みなフォークソングではありませんでした。
正に私たちの拠って立つ処に根ざしたギター弾き語りの唄でした。
フォークとは元来そういうものだとつくづく思いました。
それと、斎藤シュン氏の電気ウッドベースと、
ジャンベ(一枚革のアフリカの太鼓)での伴奏、
特に若い大口俊輔氏のアコーディオンの伴奏と、
ピアノソロ(自作のワルツの一曲を披露)の参加。
そういった変化と好条件が揃ったライブで申し分なしでした。

当店の「SAMURAI LIVE」では11回目、工藤桂の「サムライLive」は2回目でした。
今後とも有意義な小規模ライブやトークライブなどやっていきたいと思います。
ご来場下さった皆様をはじめ出演者の方々、どうもありがとうございました。

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※工藤桂の横顔:1983年生れ。東洋大学インド哲学科在学中にギター弾き語りを始める。
自作自演の他、舞踏家森繁哉の縁による瞽女(ごぜ)唄や詩人作品を弾き語る。
中原中也と親交の深かった宮崎県の詩人高森文夫を祖父にもつ。
サムライでは、2007年3月22日、弾き語り「枕のない夜」を行って高評を博した。
今回は、1年越しの2回目になる。

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■日時: 2008年5月11日 (sun)
     Open14:00/Start14:30
■出演: 工藤 桂 (Vo, G, P, Harmonica)
     大口俊輔 (Accordion)/斎藤シュン(B)
■会場: JazzBar サムライ                 31-3606
posted by 二健 at 23:37| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

『俳句空間―豈』45号発売

『俳句空間―豈』45号〈特集・伝統の黄昏/伝統の新興〉〈特集・戦後俳句論争〉
発行:2007.10.30豈の会/発売:邑書林/B5判 154p 1,050円(税込)


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*写真左より、豈45号、45号二健作品「咲く七草」、豈44号、44号二健作品「以下機械」
____________________________________

毎号論客オンパレードの充実した誌面ながら、
わが作品は、同人作品の「咲く七草」の回文俳句20句と、
その下段に配された回文詩「互して撫子」1篇のみ。129頁

仁平勝氏の、特集・戦後俳句論争「大根を正宗で切るな」は、
桑原武夫の「第二芸術論」に対する、川名大氏の既に発表された
論考に対して、酷評を綴っているあたり、読み応えがある。

一方、4ページ前では、その川名大の、特集・戦後俳句論争
「『戦後俳句』史観」という評論があり興味深く読み比べた。
旧師の原子公平も名前だけは登場していて親しみをもった。
かなり硬質な文章であり、仁平の皮肉るところの正宗たる所以か。
仁平に言わせれば、駄文で大根の「第二芸術論」などは包丁で
切ればいい所を、川名は正宗で切りかかっているのだそうだ。
川名は学者先生にありがちな生真面目一本やりなのだろうか。
文学者としての知識と義勇のなせることであろう。
以前の未定誌上では、川名大対齋藤愼爾で、
歯に衣を着せぬ天晴れな論争を展開していたことを思い出す。

なお、仁平と川名の両評論は別個のものである。
その他、特集・戦後俳句論争のテーマでは、
今井聖、小林貴子、川名つぎお、橋本直(下記URLで読める)、中村安伸が
ペンを奮っている。

俳句に対して「第二芸術論」なるものが戦後すぐに出てきて物議をかもしたが、
この際、論を飛ばして結論だけの私見を述べたい。
「俳句は芸術に成り下がってはならない」
私がこのように極論すると、
「既に有名な○○が言っているよ」と指摘されるのだが…。  30-3140
____________________________________
▽発売元の邑書林のHP
 http://www7.ocn.ne.jp/~haisato/
▽俳句の創作と研究のホームページ/橋本直
 http://homepage1.nifty.com/haiku-souken/

◇前号『俳句空間―豈』44号〈特集・俳句の言葉/Who's who 豈'07〉
 発行:2007.3.31豈の会/発売:邑書林/B5判 166p 1050円(税込)
ラベル: 俳句
posted by 二健 at 17:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

ほくめい短歌塾入門記

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立冬を目前にした平日の昼下がり。
どんよりした後楽園の空。
講道館と肩を並べた文京シビックセンター。
ちなみにシビックとは、車名ではなく「市民の」という意味。
実に財政の豊かさを具現した公共施設だ。
会場の会議室は三階の奥まった所に。

定刻に到着すると、入口のドアで仕掛け人の山下氏と鉢合わせ。
氏の飲まれている姿しか見たことがないので、
昼間素面で、お勤めされているのを見て安心した。
入室すると、窓側の白板前の講師席で立っておられた
辰巳泰子氏に暖かく歓迎された。
「たまには辰巳さんのお顔拝まないと老け込むからねぇ」。
「苦笑」。
冗談のジャブを飛ばすのが私流人間観察上の常套手段。
しかし時と場合と相手による。
つまらない冗談は迷惑なので控えなければならない。

講師の、ふくよかな黒髪と白いお顔。
右大腿部外側に深く切れ込みの入った黒いワンピース。
異国情緒と言おうか、たおやかな大阪言葉。
和モダンな目鼻立ち。
それら人一人の存在そのものにまとわる要因は、
無機的で素っ気ない会議室の空気を潤した。

角の席に陣取って、自分の鞄をごそごそやっていたら、
「二健さん、飛入りやるつもりの準備ですか?」と指摘され、はっとした。
「いやいや、とんでもない、辰巳さんの話と朗読を聞きに来たんですよ。
メモ用の紙を探していたんです」と、率直に申し上げた。
こう見えても人前での自己顕示に対しては幼少より消極的性格。
遅刻者を待って数分遅れで開講。
こういった会、私は久々の受講。
深く座り直して背筋を伸ばした。

先ずは、10年程前、短歌朗読に関わった経緯、そして体験談など。
築地での第一回目の「マラソン・リーディング2001」(4.28)や、
三鷹での朗読バトル「辰巳泰子VS藤原龍一郎」(2001.7.1)など、
当時観客だった私ながら、時空を共有したという接点もあるので
親近感を覚えた。
辰巳氏のエピソードでは、朗読の練習の為にカラオケボックスに行って、
友人が歌った「ルパン三世」の主題歌に出会ったそうな。
その歌にまつわる見解は、歌人兼朗読者らしく斬新なものだった。
その上、その歌を起立して歌ってくれるサービスにあやかった。
辰巳氏の無伴奏の歌を初めて聴けたことは幸いだった。
修学旅行で美人バスガイドさんをに当たったような、浮かれた心持だった。
辰巳氏は才ある表現者として肝心な‘突き抜け’を持っている人だと、
前々から思っていたが、この何気ない行動もその表れであった。
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posted by 二健 at 00:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

場所取り

犬 28-3121
posted by 二健 at 00:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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