2007年04月03日

映画「輪廻」のタイトルに思う

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ホラー映画への大きな期待はなかったが、
輪廻という、見過ごせない言葉が
タイトルだったので鑑賞した。

日本の今のミステリー・ホラー映画で、
物語は、35年前群馬県のホテルで起きた
猟奇殺人事件を元にしたという設定の
映画中映画制作の映画だ。
後半、犯人が殺人現場を撮影した八ミリムービーの
銀幕とロケ現場の奇怪な現象とが並立しながら
進行して行くなど、手の込んだ作りになっていて見所はある。
球体間接人形を携えるミステリアスな少女は、
耽美の極みで、最も印象に残った。

輪廻と言えば輪廻転生、生死、涅槃、流転、
転迷開悟、煩悩菩提、因果応報、弱肉強食、
食物連鎖等を連想する。
和歌の回文を輪廻とも。

輪廻は東洋思想の本質的最もたるものと思うが、
ホラー映画で、タイトルとして使われた場合は、
期待外れであっても当然かもしれない。
輪廻の本質を描いたものではなく、お墓行きの肝試しか、
遊園地のお化け屋敷の次元の延長のものだ。
エンターテイメントとしての映画は、
観客の感情を高揚せんがために、分かり易く説明的になり、
オーバーアクションになりがちだ。
ホラーの場合、いかに怖がってもらうかが眼目であろう。
怖いもの見たさの気持ちを高ぶらせることも、
売るための有効手段になりえるから、あの手この手で、
その手垢の付いた方法論でも構わず責め立てるのであろう。

死人がゾンビとなって迫ってくるだの、
死人の生まれ変わりが自分であったりする訳だが、
その恐怖感や驚きの表現に終始することが、
輪廻に集約されるとは思わない。
成仏できない死者が現前する恐ろしさを描くことは
ホラーの常套手段ではあろうが。
ホラー映画的解釈という条件付きでの輪廻なのだろう。

私の想う輪廻(転生)は、生死を繰り返す自然界、
しいては宇宙の法則(真理)だと理解している。
だからこの映画の輪廻観に違和感を覚える。
この映画そのものは決して悪くはないとして、
タイトルを的確なものにしたらなおいっそう
良かったと思うと残念である。
映画中映画のタイトル「記憶」ならば文句はない。
仏教用語は、和風ホラー映画のタイトルとして
使い易いのだろうが、本来の語義から乖離してしまっては、
東洋から発信する邦画としては情けない。
なぜならば、先進国の洋に対する和の深み(まこと)が、
あまり感じられないと思うからである。
世界の映画は娯楽に留まらず、
豊穣な人間文化でありえると誰しも思うからこそ、
なおさらである。

もうひとつの難点は、
最後の余韻に浸るべき時の歌がこの映画にそぐわないと思った。
輪廻という概念を、さらに空々しく感じてしまった。
比べるのはどうかと思うが「キルビル」や 「太陽」の
エンディングは実に素晴らしかっただけに残念だった。

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監督:清水崇/製作:一瀬隆重/脚本:清水崇 安達正軌
出演:優香 香里奈 椎名桔平 他
(2005/東宝)96分・PG-12 2006年1月7日より全国公開

参考HP
▽Movei Walker - 輪廻
 http://www.walkerplus.com/movie/special/rinne/index.html
24-2131
posted by 二健 at 16:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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