2007年11月12日

ほくめい短歌塾入門記

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立冬を目前にした平日の昼下がり。
どんよりした後楽園の空。
講道館と肩を並べた文京シビックセンター。
ちなみにシビックとは、車名ではなく「市民の」という意味。
実に財政の豊かさを具現した公共施設だ。
会場の会議室は三階の奥まった所に。

定刻に到着すると、入口のドアで仕掛け人の山下氏と鉢合わせ。
氏の飲まれている姿しか見たことがないので、
昼間素面で、お勤めされているのを見て安心した。
入室すると、窓側の白板前の講師席で立っておられた
辰巳泰子氏に暖かく歓迎された。
「たまには辰巳さんのお顔拝まないと老け込むからねぇ」。
「苦笑」。
冗談のジャブを飛ばすのが私流人間観察上の常套手段。
しかし時と場合と相手による。
つまらない冗談は迷惑なので控えなければならない。

講師の、ふくよかな黒髪と白いお顔。
右大腿部外側に深く切れ込みの入った黒いワンピース。
異国情緒と言おうか、たおやかな大阪言葉。
和モダンな目鼻立ち。
それら人一人の存在そのものにまとわる要因は、
無機的で素っ気ない会議室の空気を潤した。

角の席に陣取って、自分の鞄をごそごそやっていたら、
「二健さん、飛入りやるつもりの準備ですか?」と指摘され、はっとした。
「いやいや、とんでもない、辰巳さんの話と朗読を聞きに来たんですよ。
メモ用の紙を探していたんです」と、率直に申し上げた。
こう見えても人前での自己顕示に対しては幼少より消極的性格。
遅刻者を待って数分遅れで開講。
こういった会、私は久々の受講。
深く座り直して背筋を伸ばした。

先ずは、10年程前、短歌朗読に関わった経緯、そして体験談など。
築地での第一回目の「マラソン・リーディング2001」(4.28)や、
三鷹での朗読バトル「辰巳泰子VS藤原龍一郎」(2001.7.1)など、
当時観客だった私ながら、時空を共有したという接点もあるので
親近感を覚えた。
辰巳氏のエピソードでは、朗読の練習の為にカラオケボックスに行って、
友人が歌った「ルパン三世」の主題歌に出会ったそうな。
その歌にまつわる見解は、歌人兼朗読者らしく斬新なものだった。
その上、その歌を起立して歌ってくれるサービスにあやかった。
辰巳氏の無伴奏の歌を初めて聴けたことは幸いだった。
修学旅行で美人バスガイドさんをに当たったような、浮かれた心持だった。
辰巳氏は才ある表現者として肝心な‘突き抜け’を持っている人だと、
前々から思っていたが、この何気ない行動もその表れであった。
※「ルパン三世主題歌U」より一番を引用する
 (作詞:東京ムービー企画部 作曲:山下毅雄)

 足元にからみつく 赤い波をけって マシンが叫ぶ
 狂った朝の光にも似た
 ワルサーP-38 この手の中に だかれたものは
 すべて消えゆく さだめなのさ ルパン三世

辰巳氏は、この歌の主体は何なのかと問題提起した。
誰しも答えに窮した。答えは常套のルパン三世ではないのだ。
自問自答で、「マシン」つまりオートバイの眼差しなのだそうだ。
なるほどそうなのかと思い知らされた。鋭い読みだ。
アニメ映画「もののけ姫」においては山犬、
シヴ神では牛に置き換えることができるであろう。
物言わぬものが、いかにも主体らしきを主として乗せているが、
台詞を吐く主体は、下の従にありという絶妙なトリックを、
歌詞の読み解きで見破って示してくれた。

また、「ルパン三世・愛のテーマ」の歌い出しを引いて、
「風に髪をとかれ おやすみの〜」の「風」と「髪」語順の違いで
彼女なりに、しっくり来る来ないを検証した。
覚え違いで歌った「髪を風にとかれ おやすみの〜」の方が
歌い易いのだそうだ。詩語や韻律に敏感な歌人が、
朗読を念頭に置いて、アニメソングの歌詞を咀嚼して
飲み込んだ過程を見せてくれた。
詩歌朗読街道に有意義なアプローチだった。

その後、会議室の照明を落として、
講師は出入口を背後とする中間位置に移動した。
黒いシンプルなワンピースの上に無造作に長襦袢をはおった。
足元に小さなキャンドルを灯した。
手前味噌ながら俳人として一句即吟。

  マッチ擦る一度三度め霧ふかし  二健

底をくり抜いた紙コップがランプシェードに早変わりした。
このワンポイントの炎が、辰巳泰子朗読世界の情緒となって仄かに揺れた。
衒わず大袈裟でない自己演出に好感がもてた。
出し物は、既発表の自作の短歌群と随筆の朗読。
「演歌のような題ですが…」と恐縮しながらも、思い入れの強さが偲ばれた。
「子恋舟歌」の連作49首を、情念豊かに落ち着いて朗読した。
穏やかに滔々と流れながらも、歌に込められている気魄が、波光となり輝いた。
文字表記表現から歩を進めた歌人辰巳泰子の朗読世界に身を委ねた。
読み終えた原稿が、膝から桐一葉のようにはらはらと足元に散った。
下に抄出した一首「流されて生きゆく…」のように。
私たちは、目を閉じ、凝らし、耳を傾けているうちに、
足許を取られ、えも言われぬ色香の霧に包まれた。
イマジネーションをかき立て辛い日常的環境に身を置きながらも、
幽玄な歌読み物語が、彼女の存在そのものによって描き出された。

  にんげんのるつぼの壺を抱きながら割ることもなくありたり 君は  
  かにかくに我が人生のつづら折れ 魑魅魍魎を轢きてもゆけず
  もとより墓なく墓よりあふぐ天もなくいちぢく色の虚空さまよふ
  むちやくちやに水を手で掻き 月影のあまねく差せば月影を見よ
  舟板を破つてしまふその人はよくある人さ 忘れてしまへ
  淋しくはあらねど舟はあてどなく歌ふとき誰かが聴いてゐる
  歌びとの噴きあげならぬかなしみは淀川上るきしみ聴きつつ
  なかなかに死ねない踊り 白拍子 そののちをゆるやかに流されよ
  流されて生きゆくことはわるくない それぞれに散る花びらのゆくへ
  痛ましければ痛ましいほどおもしろく絵草紙は被害者が描かるる
  よろこんで子恋小路の迷ひびと 狂つてしまつてもよかつたんだよ
  狂はずに子恋小路の果てに着き誰も掲げぬ迎へ提灯
  子恋小路 糞を踏んでもたぢろがず 花明かりするこの子を抱いて
  まつくろくろのここから先はただ一人 やがて途絶へん花明かりの道
  男が女に逢ひにゆくのに理由なし夜が暗いとさうなる けもの
  独りぼつちは喧嘩のやりやうがなくてよい 春寒の結論は淋しかり
  子離れのためにわが詠む百首歌 ぼんやりと戻るただの女に
  ぼんやりと残されし時間まだながく光の束へ 抱かれにゆく

                (以上辰巳泰子の「子恋舟歌」より抄出)

母として 女として 人として その魂として
あるいは それらの思いによらず
言の葉の糸を紡ぎ 織り歩む独りのウタビト
その歌織物を三方に乗せよう
そして月夜の晩の小舟に進ぜよう

淀川のネオンを尻目に灯る走馬灯
灯す火種はタマシイの火
走馬灯の化身は 魑魅にあらず 魍魎にあらず
時に風車 時にマニ車 時に糸車
あやしに回し 祈りに回し 紡ぎに回す

  くるくると信じていればからからと矢車光る竿のいただき  二健


次なる金魚をテーマにした随筆朗読も別の味わいがあった。
金魚が皮膚の病に侵されて、手立てを講じ思案する。
手厚い思いやりと、川に流して解放されたいという思いの背反。
金魚の哀れは、老後の自らの哀れを物語ったのだった。

辰巳氏は、朗読を終えると身なりを戻し、元の位置に戻った。
やるべきことはやり終えて、質疑応答の時間となった。
無所属の男性歌人が、結社に所属するしないの良し悪しを尋ねたりした。
本日の主題から遠い質問にも快く応じておられた。
短歌ないし俳句の朗読会の実践者として、私も発言の機会を得た。
このことは参加目的の一つでもあったので、
経験済みの「俳ラ」などを例にとって端的に発言した。
言いっ放しで終わったようだったが、まだまだ素地的に無理な話だった。
朗読表現は、それぞれ別々に活動していて、
お互いに分かりえていないことなどが少なからずあると思うが、
その話題による交流の糸口にはなったと思う。

今回の辰巳泰子の「ほくめい短歌塾」は、
ありがちな理論優先の勉強会ではなく、
生身の身体での、特に発声の実践で教授してくれたところが、
私には心地よく響いた。
鞄をごそごそやってメモの用意などする必要はなかった。
山下氏に熱心に勧められて行ってみた甲斐も収穫もあった。

  朗読する歌人遠近たまゆらに子恋舟歌霧中に聞けり  二健


tatumi.y (5)ds.JPG

 ※文中の短歌群18首は、辰巳泰子公式HP「眠れない夜を越えて」の
  「子恋舟歌」の頁より抄出引用した。
  http://www.geocities.jp/tatumilive/index.html
 Photo by Jiken                      29-3122
____________________________________
【ほくめい短歌塾】
講師:辰巳泰子/主題:短歌と肉声
   トーク「短歌と肉声」・朗読「子恋舟歌」飛び入りの方の朗読・質疑応答
日時:2007年11月6日(火)13:30〜15:30/場所:文京シビックセンター
費用:入場(参加)代金として1500円/定員:30名
▽北溟社 http://www.hokumei.co.jp/
posted by 二健 at 00:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 短歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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